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例外

フィギュアスケートのオリンピックで女子日本代表についてメディアが騒いでいます。

日本はルールを作った時に賛成しているわけだし、いくら彗星の如く現れた天才スケーターといえども例外を認めるのには反対です。

このルールは間違いでしたとして年齢という不確定な判断基準を正し、新たに正式なルールを作成した上での判断であれば、まだ納得できそうです。

いちいち基盤を固めてから動くとなるとフットワークが軽くないともとらえられがちですが、目の前の障害を打破するよりも、選択した行動によるその後の影響を気にしてしまいます。残念ながら、人生経験が長くなると心身共にフットワークは重くなるようです。10年前なら今のようには考えなかったでしょう。

飛躍しすぎかもしれませんがルールという観点から。
この世を作った意思が都合の良くないと思うことを誰もしなければルール無用ですね。
そう、もし性善説が正しいならばルールなんてできないはずでは?

僕は性善説を信じたいのですが、単なる理想を追い求める変人のひとりに過ぎないのかもしれません。

彼女を観たいという欲求が僕にもあるのは事実ですが、これから彼女に起こるかもしれない心身の不調や彼女に続く他の若者に対しても、今騒いでいる人の大半は責任なんてとらないでしょう。

本能や欲求をコントロールできたからこそ、人類は文明を築いたはずです。

「おかしいねぇ」なんて軽口たたいている人がトップなのは悲しい事です。

支離滅裂ですね~。でも酔ってなんかいませんよ~。 拍手コメントを見る

コメント

性善説

確かに。性善説ならルール明文化無用ですね。新たな発見でした。
人は、「他人事」になってしまうと無責任になってしまいがちになるから、どこまで他人事に対して「自分事」として捉えられるか、が大切なのでしょうね。
私も一生変人デス^-^
だって、夢や理想だけでは食べていけないけど、
夢がなければ生きてはゆけませんから。

相手の立場

あらゆる局面で相手の立場で考えることができる人は徳の相当高い人かなと思います。指向性の薄い愛(博愛?)なのかもしれませんが、そういう人を時々みかけ、そのたび嫉妬しつつも憧れます。

夢がないと生きていけないという言葉には共感します。
その通りですね~!

バクだけには気をつけないと(*^-^)b

性善説なんて今頃信じている人いないよって思いがちですが、自分が絶対的に正しいと信じる人はある意味では「性善説論者」だと思います。自分の正義がみんなにとっての共通の正義だと考えるということは、生まれついて人間は善であると考えることですから。そういう人間がやみくもに行動をとると悲劇が生まれます。キリストを処刑したピラトだってそのときは自分の正義を確信しただろうし。ただ、善に向かう意志(goodwill)は全ての人間に生まれつき備わっているかもしれない、とは思う。そこで「愛」を持ち出しては陳腐だけど。

ルールや法律については、社会の利益を最大公約数的に保護するものだと思っています。善とか正義とかとはまったく切り離して考えるべき。

理想郷

ルールは秩序を破るものがいるから作られるんだと。

ルールを守らなくてはならないと考えるより、社会を守りたいと考えられれば今の世の中は変えられるのかな。

>別物として考えるべき

ん~何故?収束しないから?

「おかしいねぇ」とは思ってないけど
「どうすんだろうね」って思ってしまいます。
10年経ったら違うふうに感じるようになれますかね、僕。

雷ちゃんって、いろんな事考えてるんだねぇ・・・?!
「ルール」・・・あたしにとってはとっても難しい言葉です。
守った方がいいのか・・・
変えたはうが良いのか・・・
「どうすんのが良いのかねぇ・・・?」って感じ?
でもまぁ、真央ちゃんには世界選手権で頑張っていただきたいと思います。
期待もしてます。

ところで、最近の我が家は、皆が「ルール」を守って楽しく、普通に幸せに過ごしています。たまにはお会いしたいものです!

メリークリスマス

>コス太さん
変わるのがいい場合と変わらないでいるのがいい場合の両方があるからねぇ。しかも時が経っていないとわからないときたもんだ。考えながら生きるのは難しい場合が多いけれど、過去のそれもまた今を生きる糧になるのかも。

>yukoさん
思いが一致した団体はそりゃあ強いよね~。
この点は変わらず守っていきたいところです。




別にキリスト教信者ではありませんが、世の中の人々が普段よりも幸せに感じる特別な日が一斉にあってもいいんじゃないのかなぁと最近思うようになりました。

メリークリスマス!

分かち合えば

「世の中の人々が普段よりも幸せに感じる特別な日が一斉にあってもいいんじゃないのかなぁ」…とっても素敵な考え方だと思いました。そんな日がもっと増えればいいのに。

分かち合えば、
喜びは倍に、悲しみは半分になると
信じています。
そして、人は、どこか無意識の部分でこの事を
本能的に分かっているのじゃないかと思うのです。
だから、クリスマスの様な人と人とが想い合う日は
宗教に関係なく多くの人に受け容れられるのじゃないかと思うのです。

もしそうだとしたら…

やっぱり人は「性善」で、
みんながこんな風に想い合えれば
世の中はもっと明るく、やさしくなれるのかも…
人はまんざら捨てたものじゃなくって、この世もそんなに悲観すべきものではないかもしれないって、雷蔵さんの最後の一言で思えました。
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